学部長エッセイ(2022.03)

12 卒業式

卒業式

大学の教員をしていて、1年で一番ワクワクするのが入学式の日ですが、1年で一番嬉しいのは卒業式の日です。

 今年度の卒業式が3月23日(水)に挙行されました。全学での卒業式は、コロナ禍対応で、午前・午後に二分して(さらに式次第も簡略化し)、維新公園の大晃アリーナで行われ(国際総合科学部は午前の部でした)、午後、吉田キャンパスに戻って学部で卒業証書授与式を行いました。

 あいにく、午後は雨模様でしたが、式の終了後、卒業生たちは嬉々として写真を撮影し合っていました。2年前、急遽卒業式が中止になってしまったことを思うと、たとえ完全な形ではなくても卒業式が挙行できたことを本当に嬉しく思います。

 今年は、生まれて初めて卒業証書を授与する側で緊張しましたが、つつがなく終えることができました。

 学部長あいさつも悩みましたが、原稿なしで喋るとついつい長くなってしまう悪癖があるので、珍しく原稿を作成しました。

 以下、式での挨拶文を掲げます。

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 国際総合科学部の108名の学生の皆さん、ご卒業おめでとうございます。

 また、卒業生の4年間の学びや学生生活を支えられた教職員の皆さま、そして、卒業生の保護者の皆さま、敬意を表するとともに、お礼と感謝の言葉を捧げたいと思います。ありがとうございました。そして、おめでとうございます。

 卒業式で一言ご挨拶するにあたって、1週間ほど前からこの4年間のことを常に思い起こしておりました。

 2018年春、2015年に創設された国際総合科学部は、はじめて全学年の学生が揃いました。これで完全に一人前の学部になったと誇らしく感じたことを覚えております。

 なかなか元気のいい学生さんが多い学年だなあ、というのが率直な感想でしたが、皆さんの入学後、国際総合科学部にとって4年目の「普通の日常」が流れていきました。

 様相が一変したのは2年前でした。言うまでもなくコロナ禍の到来です。コロナ禍は、当時在学中の、すべての学生に大きな影響を及ぼしました。皆さんの2学年上の2期生は、いきなり卒業式が無くなってしまいました。また、1学年上の3期生は、コロナ禍という未曾有の状況下でPBLや就活に臨まなければなりませんでした。どの学年の学生も大変でしたが、直接的な影響が一番大きかったのは、海外での生活にようやく慣れ、留学生活もさあこれからというタイミングで、急に帰国命令が出た皆さんであったと思います。

 現在では、コロナ禍という非常事態が半ば日常化しておりますが、2年前の3月から6月は本当に先行き不透明の状態でした。皆さんも不安な日々を過ごされたことと思いますが、学生を帰国させたはいいが、授業をどうしたらいいのか、その他諸々、教職員一同も暗中模索状態でした。

 そのような状況が続いたにもかかわらず、きちんと学業を全うされた皆さんに本当に敬意を表します。

 皆さんにひとつの言葉を贈って挨拶の締めにさせていただきたいと思います。

 皆さんもご存知の20世紀最大の天才的科学者アインシュタインは、必ずしも学校制度と相性がいい人物ではありませんでしたが、逆に、そうであるが故に、教育に関する言葉を多数残しています。関心がある方は、「アインシュタイン、教育、名言」といったキーワードで検索してみてください。沢山の言葉が残されています。

 その中で、私が一番好きなのは、

「教育とは、学校で学んだことをすべて忘れ去った後に残っているものである」

“Education is what remains after one has forgotten what one has learned in school.”

という言葉です。ちょうど皆さんと同じ年代の頃にこの言葉を知り、「気がきいてるなあ」と思いました。それから35年あまりが経過し、改めて真理を言い当てていると痛感します。

 人間は忘れる生き物ですから、細かい知識は時の経過とともに忘れていきます。そして、仮にすべて忘れ去ったとしても、それでも、残るものはあるのです。

 皆さんの人生は、今後、60年、70年、80年と続いていきます。国際総合科学部の4年間で学んだことのうち、知識はすべて忘れてしまったとしても、それでも残るものを見つけて、今後の人生にどうか活かしてください。